最高裁判所第一小法廷 平成8年(行ツ)137号 判決 1997年9月18日
東京都品川区大崎二丁目九番一二号
上告人
株式会社ポリウレタンエンジニアリング
右代表者代表取締役
井上聰一
右訴訟代理人弁護士
竹内澄夫
東京都中野区中野四丁目六番二七号
被上告人
日本キャノン株式会社
右代表者代表取締役
佐藤和市
右訴訟代理人弁理士
山本秀策
右当事者間の東京高等裁判所平成五年(行ケ)第一〇一号審決取消請求事件について、同裁判所が平成八年一月三一日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人竹内澄夫の上告理由について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができる。右判断は所論引用の判例に抵触するものではなく、原判決に所論の違法はない。論旨は、原判決を正解しないでこれを非難するか、又は独自の見解に立って原判決の違法をいうものであって、採用することができない。
よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 藤井正雄 裁判官 小野幹雄 裁判官 遠藤光男 裁判官 井嶋一友)
(平成八年(行ツ)第一三七号 上告人 株式会社ポリウレタンエンジニアリング)
上告代理人竹内澄夫の上告理由
一 原判決には最高裁判所判例に相反する判断をした違法がある。
(1) 最高裁大法廷判決昭和五一年三月一〇日、昭和四二年(行ツ)第二八号(以下、「本判例」という。)は、特許法の定める無効審判の審決に対する審決取消の訴えにおいては、現実審判において審理対象とされ、さらに審決によって審理判断された特定の無効原因のみが審理の対象とされるべきであり、それ以外の無効原因を新たに主張して、審決の違法事由として主張することを許さないのが法の趣旨と解すべきであるとし、さらに、その無効原因の特定については、旧特許法一一七条(現行法一六七条と同旨)が確定審決の一事不再理の効果の及ぶ範囲を同一事実及び同一証拠に限っていることにかんがみ、特定の公知事実との対比における無効原因と他の公知事実との対比における無効原因とは別個であって、対比される公知事実ごとに無効原因が異なる旨を判示し、これらの理由から、審決の取消訴訟においては、審判手続きにおいて審理されなかった公知事実との対比における無効原因は、審決を違法とし又はこれを適法とする理由として主張することができないとしている。
本判例は、新規性の阻却(特許法二九条一項違反)を理由とする無効審決に関するものであるが、「現実に争われ、かつ審理判断された特定の無効事由」と述べて、当該判旨の及ぼす範囲を広くすべての無効事由に及ぼすべきことを明らかにしているので、特許法二九条一項各号所定の新規性阻却の場合と本件におけるような同条二項の進歩性阻却の場合との間に差異はない。
(2) しかるに、原判決は、無効審判では提出されておらず、原審において初めて提出された特開昭五二-一一六九六一号公報(甲第一六号証)を積極的な証拠として採用している。
すなわち、
<1> 原判決は第6項1において、上告人の特許第一五八六六二七号発明(以下、「本件発明」という。)の出願当時、本件発明の対応した「混合室内で混合された混合樹脂成分に絞り効果、を与えて更に混合撹拌する」という課題が本件発明の属する技術分野において周知の課題であったかどうかについて、右甲第一六号証の他同じく原審において初めて提出された特開昭四六-一五三六号公報(甲第一四号証)、特開昭五〇-一二八二六二号公報(甲第一五号証)等により、右課題は当業者にとって周知の課題であったと認めただけでなく、
<2> 原判決は第6項2において、「甲第二号証記載の発明(注、引用例発明2)の『注出口』は、本件特許発明における『流入口』に相当するものであって、本件発明における混合樹脂成分に絞り効果を与えるための部分構成としての『注出口』に相当するものではない。」との審決の認定を認めながら、新証拠の右甲第一六号証により、「甲第一六号証には、本件発明における第二次混合室と実質的に同じ機能を有すると認められるところの、混合樹脂成分を、絞りスライダ18の位置を調整することにより生ずる絞り効果によって、更に十分な仕上げ混合を行う装置部分である通路19が開示されているのであるから、引用例2に『混合された樹脂成分』に絞り効果を与える構成は記載されていなくとも、本件発明の第二クリーニング部材に相当する引用例発明1におけるピストン16のストロークを調整することによって、本件発明の注出口に相当する出口孔を部分的に開口させるという構想に想到することは容易であった」としている。
(3) 前記<1>については、本判例を前提としつつも、新証拠により当業者の実用新案登録出願当時における技術常識を認定しうるとした最高裁判決昭和五五年一月二四日、昭和五四年(行ツ)二号の射程範囲と認める余地があるとしても、前記<2>については、明らかに引用例1及び引用例2とは別個独立した引用例である甲第一六号証によって進歩性阻却を認定したことになる。
甲第一六号証は、進歩性そのものに関わるもので、単に技術水準を知るとか刊行物の記載内容を明らかにするという類いのものとは異なるものであることは明らかである。
甲第一六号証が提出されなければ、「引用例発明1におけるピストン16のストロークを調整することによって、本件発明の注出口に相当する出口孔を部分的に開口させるという構想に想到することは容易であった」との原判決の判断には至らなかったものである。
(4) 本判例が示すように、
<1> 特許庁の審判は、特定された無効原因をめぐって攻防が行われ、審判官の判断も、この争点に限定される手続き構造をとっている。特許法一六七条の一事不再理もこの手続き構造に照応していること。
<2> 審決取消訴訟は、事実審を一審級省略しているが、これは既に無効原因について、審判手続で十分な審理がなされているがためであること。
<3> 審決取消訴訟は、審判手続で現実に争われ、かつ、審理判断された特定の無効原因に関するもののみが審理の対象となるべきもので、それ以外の無効原因については、これを違法事由として主張することは許されないこと。
<4> 特定の無効原因が何たるかは、特許制度についての法の仕組み全体に照らして決せられねばならないところ、特許法二九条一項の新規性の有無(同条二項の進歩性の有無も同様)は、公知事実ごとに格別に問題の発明と対比して検討されるのであるから、無効原因は発明と対比される各公知事実ごとに存する。それゆえに、無効審判における判断の対象となるべき無効原因もまた具体的に特定されることを要し、たとえ発明の新規性という同一法条に関するものであっても、特定の公知事実との対比における無効の主張と、他の公知事実との対比における無効の主張とは、それぞれ別個の理由をなすものであること。
などの理由により、審決が無効原因として判断した公知事実と別個の無効原因をなす公知事実を東京高等裁判所において主張することは許されないのである。
二 結局、原判決は本判例に違背しており、判決に影響を及ぼすことは明らかである。
よって、原判決は破棄されるべきものである。
以上